学校教育はブラック企業と社会の不条理に耐えるストレス耐性強化合宿なのか考える

生きる意味や働く意味っていったい何なのでしょうか。最近45歳でリストラされるニュースとか終身雇用はもう不可能だなどのニュースが出回っています。にもかかわらず相変わらず「学校教育は重要だ」「社会に出るための訓練だ」という意見がまかり通っています。果たしてそうでしょうか。

わがままワーカー@自由シフト
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反対だなあ

わがままワーカー@短期掛け持ち
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うん反対

わがままワーカー@単発副業
わがままワーカー@単発副業

あまり意味ないねえ

一番大きな問題はサラリーマンという職業はすでに安定性は失われているにもかかわらず、それが王道のコースだとされていることにあるのではないでしょうか。ようするに価値観が崩れてきているのです。

人生40年の労働のために、という価値観の崩壊

おおざっぱにいって20歳から60歳まではひたすら働くのだというのが今までの日本の価値観です。日本は国家社会主義に近い体制なので、サラリーマンも公務員に近い存在だったのです。そのため60歳までは我慢して働くのだというのが日本国民の一般的な意見なのです。

いまだにそれを疑うことなく、学校教育は無意味という意見が出ると圧殺するような社会的な風潮があります。例えばゆたぼんなどがそうでしょう。(参考:ゆたぽんという不登校Youtuberの主張は間違っているのか-学校行く必要ある?

しかしこれからの時代サラリーマンが絶対とも言えないのに学校なんか行く必要があるのか甚だ疑問です。

日本の集団主義は限界にきている

日本という国はずば抜けたリーダーはいないというのが一般的な傾向です。戦前ですら日本で独裁が起こったことはなく、あったとすれば織田信長くらいのものでしょう。常に集団指導体制が日本では当たり前だったのです。ではとびぬけた人間はいなかったのか。そうではありません。おそらく個性的な人間は会社などのトップにたどり着く前に脱落しているのです。出る杭を打つ。これが日本の一般的なやり方です。

しかしそれももう無効化してきています。私はあまりYoutuberという人たちは認めていないんですが、普通よりは個性的な人たちがテレビなどに縛られずに活躍しています。ツイッターでも匿名のアカウントが支持されて20万人くらいのフォロワーを持っていたりすることもありますよね。

そうした時代に相対化されてきているのは「有名人」という概念です。日本では政界、芸能界、言論界などなんとなく有名な人たちが集まると権威性を持つという雰囲気がありました。しかし今では必ずしもそういった表に出ている人だけが影響力があるわけではなく、真に個性的な人物が影響力を持つという時代になってきているのです。

まだ同時に頭のいい人は会社にいても意味がないとわかっているので会社から抜け出そうとしているのです。まあさらに言ってしまうと日本から抜け出そうとしている若者も多いですよね。東南アジアで暮らす人も増えているみたいですね。

このままいけば、日本の大企業も集団主義で組織を統率できる経営者すら育てることは難しくなるでしょう。

 

わがままワーカー@自由シフト
わがままワーカー@自由シフト

はっきり言ってしまうと日本の会社そのものがオワコン化してきているんだよね。だって組織に従順な人間にリーダーシップがあるわけがないじゃん。

つまり日本的経営そのものが限界にきているわけです。このことはユニクロの柳井さんが「企業には年収1億円以上の人と100万円以下の人しかいらない」という言葉にも表れている気がします。つまりずば抜けた奴以外要らないということです。逆に言えば普通の人にとってこそ日本企業というのはオワコンなわけです。

集団主義にこだわれば会社がつぶれるし、個性的な人物を生かせば普通の人はいらない

これからの世界では個性的で優秀な人間こそが求められるわけですが日本の集団主義ではそうした人はつぶされてしまいます。そして個性的な人物をつぶせば会社が成り立たなくなるでしょう。いずれ誰も経営できなくなります。また逆に個性的な人物ばかり評価して普通の人はいらないとなれば、今度は普通の人が会社に行く意味がなくなってくるわけです。つまりいずれにせよ、サラリーマンというのは一般人にとっておいしいものではなくなりつつあるわけです。

時代は個性と個人の時代

これからの時代優秀な人間は企業にとどまることなくフリーランスとして働く傾向が強まるでしょう。みんながみんなそうとは限りませんが、そういう人が増えていくということです。そうなると学校教育はブラック企業と社会の不条理に耐えるストレス耐性強化合宿なのか、という表題の話になるんです。学校教育って何のためにあるんですか。それはストレスだらけの矛盾した社会の苦痛の耐えるためにあるんじゃないんですか?大人になってもいじめをして、嫌な奴にも頭を下げなくてはならない。こんなアホな社会に、会社に耐えるための集中強化合宿なのではないかということなんです。

わがままワーカー@自由シフト
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それでいいのか?

ということですよね。しかし先ほど述べたように会社に40年もいることはなさそうなんです。にもかかわらず学校なんか本当に行かなきゃならないの?という話なんですね。

だから私は学校にいかないという選択肢もあっていいんじゃないかと思うんです。特にいじめられて苦しい人とかはどうせ社会にでても人間関係があるんだから、その道自体をやめて家で稼ぐ方法を考えたっていいと思うんです。そのためにはなかなか険しい道でもありますが、幸い日本ではアルバイトならいくらでも仕事があるという状況があります。人手がたりなくて外国人が働いているくらいなんです。なので半分はアルバイトにしてでも嫌な社会とかかわらないという選択肢だってあっていいと思うんですよ。

アルバイト、フリーターという生き方ももっと評価されていいと思うんですね。

いかの記事もどうぞ。

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